ヨーロッパ青春ドライブ紀行・1973(27)

8月24日(木) Dijon → パリ

 Dijon発10時。今日はいよいよパリ入り、ドライブ最後の日となる。気を付けていこう。
午後2時、パリ市内に入る。さすがに大都会、3週間近くドライブしてきたが、これほど車の多い都市はなかった。セーヌ河を渡り、コンコルド広場経由、シャンゼリゼ(Les champs Elysées →仏語のつづりでは、シャンゼリゼとは読めない)通りへ出る。

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シャンゼリゼ通り

 日航のパリ支店を見つけ出し、ホテルの紹介を依頼するも、最低で80~90F。値段を聞いて余りにも高いのでびっくりした。しかも幸か不幸か、どこも満員とのこと。
 結局、自分たちで探すことにした。レンタカーをハーツのパリ営業所で返却。歩いてシャンゼリゼ通りの裏道へ。ホテルの看板を探してキョロキョロする。幸いのもすぐ見つかった。
 フランスのホテルは星の数でランク付けされているが我々の泊まるのは、せいぜい星二つまで。
 部屋は屋根裏にある、天窓から光がさし、明るい。ベッドはダブルで二人部屋、朝食付きで一人27F(27×60円で1620円)の格安ホテル。経営者の態度も明るくなにかと面倒をみてくれる、よい雰囲気。部屋は狭いが、集合日までの三日間、ここにお世話になることにした。

8月25日(金)~27日(日)  パリ市内めぐり

 見学箇所 ルーブル美術館、ルクサンブルグ公園、モンマルトル等
 
 二日間とも朝、宿を出て、夜遅くまで歩いて市内を巡る。愉快な二日間。
 モンマルトルで画を買う。約5000円。
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モンマルトル広場

 
8月28日(月) パリ郊外のユース泊
 午前8時過ぎ、タクシーで郊外のユースへ向かう。30分ほどで到着。全員無事集合。

8月29日(火)
 空路、東京へ。午前、無事羽田着。解散。



後記

 40年前、思いがけないきっかけで、ヨーロッパ旅行が実現した。
 1$が360円の固定制が撤廃され自由化されたのが私たちがこの旅行をする前の年、1972年でした。
 撤廃後対ドル円は徐々に高くなりましたが、私たちががこの旅行した際は、1ドル=約290円でした。
 団体でかなり安くなったとはいえ、往復の航空機に約10万円、レンタカー代は一人あたり約5万円、宿泊費、小遣い代等で約5万円、計20万円強ほどかかった事を記憶しています。

 今から見れば、私たちの旅行ルートは、文字通り点から点を結ぶもので表面的にしか見てきませんでしたが、自動車を使ったとはいえ、全て自分たちの意思で行動しました。

 この旅行は、まえがきにも書きましたが、同僚2人と、その一人の父上、計4名のグループでした。父上にとっては全日程車、しかも長距離移動がしばしばという厳しい条件でしたが、その方は大の旅好きで、長旅もものともしない気迫をおもちでした。
 私にとってはなにより気心知れた仲間との旅行ですので楽しかった以外、なにも言葉が浮かびません。その喜びは今でこそ薄れてきましたが、40年間、私の心の中でほのかな灯火として燃え続けてきました。
 なんといってもヨーロッパの先進性にはただただ驚くことばかりでした。
 

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