ハワイ四島々巡り (2007)

2007/3/10~18 ハワイ四島々巡り


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 ハワイ諸島は南国の楽園、フラダンスで有名ですが、小生にとっては、やはり大陸移動説の大きな拠り所になった地として一度は行ってみたいなと思っていました。
 キラウエア火山のあるビッグアイランド、ハワイ島から、マウイ島、アオフ島、アウアイ島と南東から北西にかけて、順順に年老いて古くなっていき、活動も穏やかになっていき、標高も低くなっていく生い立ち。学生時代、その地球科学的研究成果には胸をときめかせました。
 今回のツアーは、それらの島々を船で巡るという、地球科学を学んだ者にとってはまたと無いよい機会になりました。
 私にとって、収穫は計り知れない旅行になりました。


ハワイ諸島は下図のように、北西の方向にいくに従い、形成年代が古くなる傾向にあります。ハワイ島は生まれたての島です。
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日程  3/10     オアフ島(ホノルル)
       ↓
     3/11     ハワイ島(ヒロ)
       ↓
     3/12~13  マウイ島(カフルイ)
       ↓
     3/14      航行
       ↓      
     3/15~16  カウアイ島(ナウィリウィリ)
       ↓
     3/17     オアフ島(ホノルル)



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クルーズ船 PRIDE OF AMERICA, 総トン数 約80,000 ton
このクルーズは、カジュアル・クルーズと銘打っており、ドレスコードは一切なし。全ての行動は、カジュアル、ラフなスタイルで過ごせるので気楽である。



3月10日(土) 出発日

成田発ホノルル行きは夜8時過ぎ出発予定(JALウエイズ)。成田集合が、午後5時55分。
 多摩プラーザ発15時55分、成田空港行きリムジンバスに乗る。途中渋滞もなく、1735分着。さっそく旅行バッグのチェック、預ける。空港は久しぶりに来た。相変わらず老若男女で賑わっている。妻は国際用のケイタイの手続き(チップ交換)にドコモの窓口へ。簡単にすんだとのこと。
 今回のツアーの添乗は香山さん。若いがしっかりした方である。午後8時発の便、ハワイとの時差は19時間あるので、ホノルル着は、同日(3/10)の午前7時ころの予定。
 飛行機は定刻発。夜間飛行、うつらうつらの十数時間であった。 

3月10日(土) ホノルル 着

 午前7時過ぎホノルル空港着。入国手続き、旅行バックを受け取り、バスに乗り込む。 港に行く前に、プチ観光。バスで小一時間、景勝地のひとつヌアルパリへ。絶壁の地にあるのだが、霧で眺望はきかない。谷底から吹き上げる風はハワイとは思えない肌寒さ。

※コオラウ山脈の途中にある断崖の上の展望台。ほぼ垂直に切り立った崖の高さはおよそ900m。天気の良い日は、カイルア方面からノースショア方面を一望できる絶好のポイント。海から吹く強風も有名で、まっすぐに歩けないこともある。
 1795年にハワイ島から上陸したカメハメハ大王の軍隊はこの地でオアフ軍を撃破、ハワイ諸島の統一を成し遂げた歴史的な場所でもある。
       
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ヌアルパリ 晴れていればこのような展望とのこと

寒いのと視界不良でで早々にバスへ。もと来た道をホノルルの中心地へ戻る。途中、ホノルルの高層ホテル群、ダイアモンドヘッドが遠くに見えた。
市街地へ入り、市庁舎、カメハメハ大王像を見学後、いよいよツアー船(プライド オブ アメリカ号:POA)が停泊しているホノルル港へ。午前10時ころ、アロハタワーが間近の岸壁に到着。
 POAは8万トン。さすがに大きい。旅行ケースに部屋番号(7616)が記されているタグをつけて受付に預ける。
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カメハメハ大王像

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アロハタワー

乗り込む前にも、厳重な手荷物、ボディー検査を受ける。
 いよいよタラップを渡り乗船。乗務員が笑顔で迎えてくれる。
 私達の団体は総勢24名。エレベータを使い、各自の部屋へ。 

私達夫婦の部屋は7F.大きな角窓があり外光が入るが、窓の外にライフボートが置かれているため、外の景色はは一部しか見えない。(旅行契約時に了解済)。その分、料金は安くなっている。外の景色を見たいときは、デッキに出ればいいこと。
 部屋の広さは8帖ほど。廊下から(カードを使って開錠する)入るとすぐ左手にトイレ、シャワー、洗面所)。右手に衣服等を入れるロッカー(幅120cmほど)、さらに進むと部屋中央左に壁に接してシングルベッドが並ぶ。奥には120cmはばのソファー、60cmほどのライティングデスク。冷蔵庫、TVがある。広さについては広いにこしたことはないが、私達にとって必要にして十分な広さである。これから1週間、この部屋で生活する。
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 午後3時過ぎより、日本人スタッフによる安全講習。ライフジャケットの使い方を教わる。会場は、「ダイアモンドヘッド」とよばれる11ないし13Fにある。

  キャビン(船室)Noは、若くなれば船首方向、大きくなれば船尾方向に向かっているとのこと。その後、香山さんから今日、明日の予定の確認があった。
 また、以下のような説明があった。

 ① パスポートはキャビンの金庫に入れる
 ② 今日、明日の食事は、不慣れなので、みな一緒にとる。(食事場所:リバティー、6F)
 ③ このガイダンスの後、船会社側から避難訓練が実施される。私達の一行は、万一の場合、K1(6F,キャディ  ラック)に集合と告げられる。
 ④ 各船室のドア左上に、ツーリストから、日本語による案内が掲示される。
 ⑤ 明日の行動予定が告げられる。
     →ハワイ島火山国立公園へ。
    午前8時30分出発(貸切バス)、14時ころ帰船。 しっかりとした防寒対策をすること。(標高4000M近い)
 ⑥ 今日の夕食は、5F,スカイレストラン にて。18~。
 ⑦ 明日の朝食は各自でとる。(アロハカフェは、5:30より利用可。ビュッフェ方式。)

アロハカフェ
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 ⑧ モーニングコールは、各部屋の電話にセット可能。
 ⑨ ドアー左上のカラーサインは、各色がある。(場合に応じて利用する。EX. 赤→入室不可)
   赤の裏は黄色。その色にしておけば、毎日部屋の掃除、ベッドメィキング等をしてくれる。

今夜の夕食の会場は、6F、リバティー。この船には軽食を含めて食事できる場所(レストラン)は、10以上あるが、そのうちチャージを必要とするものと、必要のないところ(フリー)がある。前者は予約制。後者は一部、予約が必要(リトル・イタリー)である。
 リバティーはノーチャージで、受付順に対応するレストラン。数百人は入れるおおきなダイニングルーム。
日本語のメニューもおいてあり入りやすい。前菜、サラダ、主采等、一応コースになっている。
 今日は、スープとマグロの照り焼き、サラダ、パンにした。味はやはりアメリカ、全てに大味。
 18時前にレストランの受付前に集まったが、席につくまでかなり時間がかかった。20数名がそれぞれに注文し、食するから、退席するまで約2時間ほどかかっただろうか。こちらでは、2~3時間かけるのはふつうだそうだ。
 船はすでにホノルルの岸壁を離れ、最初の寄港地、ハワイ島ヒロに向かっている。

 昨日、夜の成田を出発して、機内で短い夜を過ごし、ホノルル到着後、朝からのバスツアー、そして乗船、避難訓練、夕食と行事(?)が続いた。
 ホノルル出航時は夕食時と重なり、デッキでの出航見学はできなかった。

明日のビッグアイランド、ハワイ島火山国立公園見学の準備を簡単にすませ、シャワーを浴びベッドへ。マウイ島からハワイ島へは距離があるので、沖合いに出た船は、結構、エンジン音が高い。しかし船体がおおきいせいか揺れはない。
 この船はノルウエーの船会社がハワイ島巡りを中心に運航しているらしい。この島巡りは他に、「プライド・オブ・ハワイ」、「プライド・オブ・ホノルル」がある。いずれも乗客は圧倒的に米国人が多い。男女とも体が大きい。そして年配者が主。障害のある方も旅を楽しんでいる。また、春休みか、家族連れもちらほら。私達の団体も大半がリタイア組。私よりも年上の方が多い感じ。皆元気だ。


クルーズ船 プライド オブ アメリカ の概要

  3Fにフロント、、店、図書室等がある。4Fがなく、5Fから上がキャビン、レストラン、ホール、プール、デッキ、ジムなどがある。
 私達の部屋は7F、部屋の出入りは磁気式のカードによる。各種の支払いの清算、オプションツアーの支払い、船への乗・下船のチャックもそのカードで行われる。
 食事は前にも記したが、チャージ不要のところは無料。(むろん、ツアー料金に含まれている)
 朝食はビュフェ方式の6Fにあるアロハカフェを利用した。
 昼食もよくそこを使ったが、他に「キャデラック」(主にハンバーガー、ポテトフライ等)も使った。
 夕食は1、2回のアロハカフェとレストラン「リバティ」、「リトルイタリー」、「スカイライン」などを使った。やはりアロハカフェがもっとも気軽に使えた。厨房のスタッフも人なつこく楽しかった。
 船内は空調がきいている。しかし強い冷房である。この温度はFATな米国人向けだろう。われわれにはきつすぎる。彼らは短パン、半そでだが、小生は長袖、スラックスで過ごした。
 船内はフロアごとにハウスキーパーがおり、私達の部屋は、フィリピン人の女性、エミーさんだ。いつも丁寧に部屋を清掃、整えてもらった。この人たち以外も含めて、サービスチャージを10$/日をチップとして自動的に清算されていくしくみ。

3月11日(日)  ハワイ島ヒロ、 ハワイ国立火山公園


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 朝6:30にモーニングコール。7:00アロハカフェで朝食。バナナ1本を昼食用にいただく。
 今日は念願のハワイ国立火山公園(ハワイ・キラウエア火山)見学。(昨日、OPツアーに申し込んでおいた。)
キラウエア火山は、文字通りの活火山で、かつ活動は穏やか(玄武岩質マグマ)なので、噴火現場間近まで近づける。
 現在の火口は不活発で溶岩が煮えたぎるようすは見ることはできないが、雰囲気は感じ取ることができるはず。
 キラウエア火山は、標高1000m前後で、周囲にあるハワイ島の主火山、アマウナロア、マウナケア等の4000m級に比して低く、それらの主火山の側火山的な関係にあるらしい。その火口と、今晩、海から見る溶岩流(船から)が見ものである。
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キラウエア火山。頂上から麓にかけて太い黒い筋状のものが見えるが、最近、流れ下った溶岩流である。


 天候はあいにくの曇り。雨がないのをよしとすべきか。ハワイ諸島は今の時期、雨季らしい。
 ヒロの港から直接カh-ターバスで現地へ。出発は午前9:00.
 船から降りてバスにに乗るには、乗船カード(写真のデータも入っているらしい)と、パスポート(現物は失くすとこまるのでコピー)は必携。その他に水・防寒具をデイパックに入れた。
 乗船カードのチェックは船の出口で行う。どこの港でも、岸壁の前には巨大な倉庫のようガランとした建物があり、その中を通って、バスの駐車場に向かう。
 下船時はその建物内は通るだけだが、帰船時はその中で、荷物検査、金属検査等を受ける。
 ツアーのガイドは、今日も日系(?)のベ元気のいいベテランおばさん。この島の諸事情に明るく、べらべらと達者な日本語でガイドしてくれる。
 この島にも高速道路があり、そこを経由して火山国立公園への道を辿る。高速道路は日曜のせいか、往来する車が多い。公園への道に入るとさすがに車の数は少ない。
 火山公園への道は斜面に対してほぼ直登の道である。キラウエア火山は楯状火山ゆえ、すそ野は緩やかな斜面となっており、自動車道はその斜面の最短距離をゆく。約50分で火山公園入り口に達する。

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キラウエア火山国立公園
  
  予備知識を持たずに見学したが、クレーター(直径は4kほどのカルデラ)に添って車道があり、一角に展望台がある。その場所には博物館(ジャガーミュージアム)が併設されている(無料)。その展望台からは火口が一望できる。絶景である。
 クレーター内のあちこちには水蒸気・白煙が上がっている。クレーター内は全体が起伏に乏しくのっぺりしておち、溶岩が静かに冷え固まったようすを伺わせる。表面は真っ黒くはなく、鈍い銀色を呈している。

 
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<ハレマウマウ火口> 直径約1k。

 ハレマウマウ火口はキラウエアクレアーター(カルデラ)の中にぽっかりあいた火口で、この火口には火の神”ペレ”が住んでいるという。ハワイの人たちには神聖な場所である。
ハレマウマウ火口の駐車場から10分ほど歩くと、火口の縁のすぐ近くに至る。神への畏敬へか花が飾ってある。この火口を巡る見学コースは、舗装されておらず、砂利と岩、そのままの道。イオウや湯気があちこちから立ち上っている。蒸気が噴出しているところに手をやると熱い。ゆで卵ができそう。
火口の先端には柵が設置されており、そこから先は侵入禁止。(火口に落ちてしまうから)
 クラーター周回道から少しはずれたところに(サーストン)ラバチューブがある。いわゆる溶岩トンネルで、入り口はシダなどの熱帯植物が生い茂っている。このトンネルは溶岩が流れ下った後に形成されたという。
 このラバチューブはハワイ島屈指規模らしい。溶岩が麓へ流れ下るときにこのトンネル内を流れたらしく、その後、溶岩が冷えて空洞ができた。
 トンネルの終点は、麓の方まで続いているらしいが、金網が張ってあり、立ち入り禁止となっている。但し、自己責任のもと、トンネル内を下ることは可能らしい。アメリカらしい規則だ。


 トンネルの径はは7~8mはあろうか、中の道(?)にはあちこちに水溜りがあり、注意しながら歩く。トンネル内は照明があり、安全に歩くことができる。入り口から出口まで歩いて2~3分ほど。トンネルを出ると再びシダ類が生い茂り、元の駐車場のへ戻ることができる。
  

箱根十国峠~二宮吾妻山(14/1/24,25)

箱根十国峠~二宮吾妻山(14/1/24,25)

 冬の最中ですが、日溜りハイクと温泉(一泊)の小旅行をしました。二日とも西の風が強いものの、うす曇でまずまずのハイク日和でした。

1/24(金)
 青葉台、中央林間、相模大野、小田原、熱海と鉄道を乗り継ぎ、熱海発箱根行きのバスに乗り、十国峠ケーブカー乗り場で下車、さっそくケーブルで峠頂上へ。体ごと吹き飛ばされそうな強風。
 駅舎のなかで、熱海駅で買ってきた駅弁(こゆるぎ弁当)を食べる。

味・ボリュームとも秀逸の熱海駅駅弁(こゆるぎ弁当)
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人気商品だけあって、味・ボリュームともに満足。つめたくてもこんなに美味しい駅弁はめったにないと思う。全国レベルのお弁当←むろん私見。100点満点の弁当、@980円)

 午後12時半ころ、峠から来宮駅への道を下り始める。

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十国峠ケーブル 頂上駅周辺です。草地が広がっていて開放感があります。
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頂上からの尾根道。来宮に向けて南下。目の前に相模湾が広がります。
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この尾根筋の道は遠く鎌倉時代から使われていたようです。道筋には石仏が置かれていました。
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遠く熱海市街を望む
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アオキの実が色づいてきれいでした。
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熱海市西山町まで下りてきました。白梅が美しい。
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西山町には、斜面に立派な日本家屋、家並みが続きます。ふだんの買い物等は不便そうですが、見晴らし、静寂さは抜群です。
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歌人佐々木信綱の旧居です。
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赤いポストが現役です。
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町のあちこちに源泉があるようです。
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来宮神社の下に出てきました。
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東海道線の下、年代を感じるトンネルです。丹那トンネルが完成時(1923ころ)に造ったもの思われます。
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二宮駅でホテルからの送迎バスにのって宿へ。
宿は熱海から伊豆スカイラインへ通ずる途中にあります。部屋、食事(私たちの場合は和・洋・中のバイキング。全て味はよい。)、眺望いずれもすばらしく、一泊7300円と格安。大満足の宿でした。(熱海・森の温泉ホテル)。また泊まりたいですね。
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男性用露天風呂。目の前は山。

部屋(洋室、白壁のシンプルな室内)
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1/25 (土)

 朝10時の宿の送迎バスで熱海駅に送ってもらう。JRで二宮まで行き、駅前にある吾妻山の菜の花を見てきました。頂上付近には早咲きの菜の花が満開。富士山を背景にすばらしい景色が広がりました。
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菜の花の前には人がいっぱい。富士山とのコラボを楽しんでいるようです。
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花は8分咲き?
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小笠原諸島紀行・2004

小笠原諸島(父島)紀行   2004年5月1日~5月6日

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5月1日

 午前10時、小笠原丸,定刻に竹芝を出航。ベイブリッジをくぐり進路を南に。コーヒー色の東京湾も、房総半島を過ぎる頃には、本来の色に。傍らを貨物船やLNG船、潜水艦、ホーバークラフト等、東京湾内はまるで船の展覧会のよう。

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所属する会のメンバーは総勢22名。久ぶりにお会いする方もいらっしゃる。船底に近い部屋(25名定員)を借りきる。OさんとHさんがリーダーである。
 港を出てからデッキで眺める。風が心地よい。
デッキでH氏とお話。彼も定年を迎え、世界各地へ出かけている由。助言をいただいた。それは思い立ったら行かれるうちに出かけたほうがいいとのこと。エベレスト街道を薦められた。(往復20日間ほどかかるが)

13時過ぎ、外洋にでたのか少し揺れ始める。酔い止めをのんでおいた。
小笠原丸は6千トンの大きさだが、見た目は小さくやや心もとない。
22名は船室(広さ20畳ほど)にザコ寝する。

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 今回のツアーは、本会では最も長い6日間。小生も日程をやりくりしての参加。
定年を迎えたので今回参加できたこと、現役時代にはなかなかできなかったことであり、こういう機会をいただいたことに感謝したい。
 17時30分 三宅島沖(見えないが)に達しているもよう。
 上天気のなか、風はけっこう強いが船は快適に進む。
 気温は20度をゆうに越え、暖かい。黒潮本流の真只中だろうか、海水はラムネ色、透明感がある。船速は22ノット。船室で一眠りした。腹がすいた。カップヌードル(カレー味、200円)を食べる。おいしかった。

 17時55分 西に傾いた薄日が差す。波やや高く、デッキにしぶきがかかる。八丈島の近くを通過しているも、島影は確認できない。携帯も圏外になってしまった。乗客も船室にいるもの、デッキでゴザを敷いて、寝る、酒盛り、トランプと様々。

夕食は食堂で18時から。(むろん有料)。
定時オープンの食堂は長蛇の列。(今日の船には約800名の客が乗っているという)
食後、船室(大部屋、会が借り切っている)には会員が三々五々集まり宴会が始まる。
小生にとって違う世界を生きている会員の方々とのおしゃべりは楽しみの一つ。
皆それぞれの思いを持って生活している。(当たり前)。
午後9時近くなる。揺れはさっきより穏やかになってきた。夕日は曇り空のため見られず。同じ部屋にトランプも始まり賑やか。

 今回の会の活動への参加は、熊野古道以来3年ぶり。
この三月に定年退職、再任用として都教職員研修センターに勤めているが、現場にいたときより自分の時間が取れるようになり、有難い。

午後10時消灯。部屋の入り口、廊下を除いて暗くなる。ザコ寝に近いがむろん寝るスペースはある。毛布2枚の間に入って眠る。船は少し速度を落としたのかエンジン音は静か。揺れは少しあるも寝やすい。

5月2日 

朝、5時過ぎ目が覚めた。デッキに出ると既に日は昇っている。快晴。うろこ雲が空に浮かび、秋の空みたい。小生、周りがすべて海、船影もない海の航海は始めて。
地表の7割が海水に覆われていることを実感。海の色は、昨日と違ってエメラルドグリーンに変わっている。
 船は黒潮の本流を横断し、南海域に入ってきた。海も、空も、風も本州のそれとちょっと違う感じ。
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午前9時頃より、小笠原諸島の最北端の婿島諸島が見え始める。遠くからは一つの島に見えたが近づくといくつかの島々からなっていることが分かる。
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さらに30分後には父島が見え始める。
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午前10時20分過ぎ、父島二見港に接岸する。会の総勢22名全員元気。港に接する丘には枕状溶岩からなる崖が見える。港近辺の地形も火山地形の特徴を示している。
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上陸後、宿の迎えの車で宿へ。さすが日差しも強い、気温も26,7度近いのでは。しかし湿度が低く爽やか。沖縄の風土に似ている気がする。

 宿(たつみ電話04998-2-2755)で荷物整理後、昼食に。宿の若だんなが港近くの食堂を紹介してくれた。食堂は数軒ある。
食事の内容は、「島すし」1000円。
さわらを醤油につけたすし。美味。会のメンバーは亀(あおうみかめ)の煮付けを試食した方もいる。小生は遠慮した。
お店の手伝いに中学生のお嬢さんが手伝っている。しっかりした娘さん。店の主人の人柄がしのばれる。

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 午後は夕食まで自由行動。小生は小笠原高校(表敬)訪問。二見港港背後の高台にある高校へ。職員室には主幹と若手の先生の二人がいらした。教頭さんが恐縮にもわざわざいらしていただけた。元気のよい方。

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  早々に高校に暇をし、清瀬から釣り浜、宮之浜のハイキングコースへ。兄島との間にある海峡を見ながらのコース。きれいな海、うぐいすや他の小鳥がさえずり、日差しは強いがすがすがしい5月の風、クルーザー等が眼下の海を通る。
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宮之浜では水遊びのカップル。宿への帰りの道で都内から移り住んだご婦人と立ち話ができた。このすばらしい環境に惚れて移り住んだとのこと。年金で十分暮らしていけるとのこと。
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 16時30分、宿(たつみ館)着。さっそく風呂へ。(肝心の代えのパンツを忘れてしまった。明日コンビ二で買う。今日はひとまずそのまま)
  18時夕食。宿のおばさん(70近い)が質素だ地ものを中心としたおかずを用意してくれた。
おかずの内容は、しかく豆、八丈のさといも、あかめの味噌汁、かじきまぐろの刺身、同焼き物、パッションフルーツ。等。ビールもうまかった。

19時15分よりナイトツアー。忙しい。
小笠原ナイトツアー(@3000)
 夜の小笠原も見所が一杯です。
 夜の森ではほのかに緑に光るキノコ「グリーンペペ」や天然記念物に指定されている固有種の「オガサワラオオコウモリ」が飛ぶ姿も見られます。海辺では夜行性の生き物(陸ヤドカリ)に出会うことができます。
 グリーンペペ、オガサワラオオコウモリ、陸ヤドカリ、等の観察をする。

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グリーンペペ

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陸ヤドカリ

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オガサワラオオコウモリ

 十二夜の月明かりの元,車の故障があったが、親切なガイド氏で、夜10時近くまでツアーが続いた。少々くたびれた。
  月明かりのため、快晴ではあるが星空観測は明るい星のみ。金星が大変明るい。
北斗七星から探した北極性はさすが低く、北の地平線のちょっと上にある感じ。こんな低い北極星を見たのは初めて。月の近くにありながら白鳥座のデネブがよく見えた。
22時すぎ就寝。

5月3日( 快晴 )

今日は各種の野外観察。
ガイド氏によると海岸、植物、ツツジヶ岳登山を予定しているとのこと。小笠原固有のツツジが一株あり、そのために特別保護区域を設けているという。
海岸では昨晩夜間観察で陸貝等の観察海岸。海岸で容易に見つけられるめのうを採取。
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また漂流物(小さい物)を採取。最も多いにはプラスチック類。それもペレットが多い。魚類がこれをえさと間違えて飲み込むという。
 ペレットの化学物資が魚体中に溶けだして結局は人の体に入ってくるのではという。
 私が驚いたのは何故、ペレットの形で漂流してくるかとの疑問。ガイド氏によると廃棄物ではないかという。
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 小港湾では見事な枕状溶岩を見ることができた。るいるいとした径数十cmから1,2mのものが積み重なっている。波の侵食によって玄武岩質の皮に覆われている部分が洗われ、枕状溶岩の内部がよく表れている。その一部には海岸で観察されためのうのかけらが見える。
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小港湾全景

 父島南西部に位置するツツジ山(300M弱)は亜熱帯の山である。麓は開発で外来種の植物も分布しているが中腹以上は亜熱帯特有の植生になっている。
  山体は角レキ岩を主体とした火山岩。とことどころ尖塔状の岩体があちこちに見られる。頂上はむろん途中の道も海岸、太平洋が見渡せ気持ちのよいハイクができた。
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頂上には固有種のツツジ(ムニンツツジ 白)が満開。何本か接木して増やしているところという。
まる一日よく晴れて快適な一日であった。
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なおツツジ山周辺は、将来、空港が予定されているとのこと。特別天然記念物の植生地域であるためどうなるかとのこと。(後になって、空港建設は中止になった)


夕食後、今日の行動の情報交換で別の班の宿泊所へ。小生も小笠原諸島が大洋の孤島である生い立ちについて説明を求められた。

(参考)
※小笠原諸島の形成
 形成開始当初の小笠原群島は、現在のニューギニア付近の赤道直下にあったと火山島群と推定されている。その後フィリピン海プレートに乗って少しずつ北西方向へと移動をしていった。そして群島は約3000万年前からは北西から北東方向へと移動方向が変わり、現在の位置に到達したらしい。

 帰りの道の途中にある大木を利用した居酒屋でビールを飲む。よく冷えていてうまかった。10時半就寝。
 本州は発達した低気圧のため、大荒れ。それに比して父島は青空。本州の天気が大陸や海洋、ヒマラヤ山系に影響をうけ、中緯度のものであることを実感した。
 明日は今日は鯨観察。たのしみ。

5月4日( 快晴 )

 穏やかな南の風、好条件(本州は発達した低気圧の影響で全国的に大荒れ。東京も風速20Mを越したとのこと)
朝9時、二見港からクルーザー、ピンクドルフィン号(30人乗)に乗る。船長(出身はハワイとのこと)以下2名。船はジェット推進の高速船。
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そのまま沖合いに出ると幸運にも親子の鯨(ザトウクジラ)に出会う。
子どもクジラがが海面上に飛びはねたり、尻尾を出して深くもぐったり、30分近く彼らの近くで観察できた。
クジラ観察はわが艇の他5,6隻が近くで見守っている。クジラはやはりそれらの船から遠ざかるような動きをする。船団はクジラを追う動きになる。
もぐった後、次の浮上はどのへんだろうか、全員で息を潜めてあちこちの海面を見やる。
 浮上して水を吹いたり、背中を水面上に出したり、飛びはねたりすれば、見物人からはどよめきや拍手が出る。愉快だ。
 小笠原のクジラはその多くがすでに北の海に戻り始めており、そろそろ最後の仲間であろうとのこと。子連れのクジラは、北へ帰る体力をつけるために最後になるという。
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 その後父島南島に向かう。途中イルカ数頭に出あう。海に入って彼らの近くで泳ぐ会員もいる。クジラ、イルカと早々に観察でき、運がいい。

その後南島上陸。大潮のため、入り江の入り口はせまく、船長は波のようすを見計らって、エンジンをフルスロットルにしてダッシュ。無事入り江に入る。はしごを岩に渡し、島へ上陸。 
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 南島は父島の南にある小さな島。しかし、風景はさんご礁の砂、海蝕洞、外の海から見えるの単調な風景とは違う、美しい風景が広がる。

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この状態を保とうとi石原都知事も規制を強くする意向とのこと。
 砂浜に行く途中には数千年前の絶滅種の無数貝が砂に埋もれている。
 海蝕洞の前の入り江で水に入るがまだ水温は低く、長くは入ってはいられない。

 南島を後に、兄島へ向かう。もとクジラ解体場があった浜辺に上陸。ピンクドルフィンが用意してくれたパンの昼食。のんびりとした一時をすごす。
 昼食後兄島前の浅瀬でボートから水中観察。えさ籠を水中に下ろし、寄ってくる魚をボートの底のガラス窓から眺める。
うみへびらしきものもたくさん集まり興味深い。

午後も3時を回り、ひょうたん島等を経由、帰りへ。
 船長がクジラを見つけ、今日2度め。午前とは個体が違うとのこと。30分近く観察。2頭そろって尾ひれを見せ潜っていった。尾ひれを高く上げてもぐる時は深くもぐるのだという。
 皆おおいに満足したようすで帰島。船足は速く、船首部に陣取り、気持ちのよい風を受けながら二見港へ。

 夕食はしま寿司。おいしくて二人分はあろう量、宿の人の心遣いがうれしい。そして宿特製のアオウミ亀の煮付けも美味。加えるに昨日のツツジ山トレッキングの帰りに摘んできたわらびもやわらしく美味だった。

5月5日 ( 快晴 )

 朝食後荷物を一部屋にまとめて、小港湾へ海水浴へ。宿の若旦那が車で送ってくれた。よく世話をやいていただき頭が下がる。
 海岸は二日めに野外観察ハイクで寄ったサンゴからなる美しい遠浅の海岸。本州の関東の海を普段見なれているものとっては、別天地。
  88時半ころ現地についたが、人は誰もいない。まるで会専用のプライベートビーチのよう。水は少し冷たいが5月早々に海水浴。
 隣のビーチ(コペペ)につながる磯を歩きながらサンゴやうに、イソギンチャク、ナマコ等、総天然色の生物を見る。

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 10時35分の村営バスで宿へ戻る。外の水道で体を洗う。
宿のおばさん、若旦那に礼を言い、昼前、二見港港へ向かう。
 昼食、買い物後、おがさわら丸に乗船。大勢の見送り(宿のおばさん、若旦那も見送りにきてくれた)と南国おどりに送られ、満員の乗客を乗せて定時出航(午後2時)。

 出航後、港の外まで、10隻近いレジャー船(ピンクドルフィンも含む)が、おがさわら丸に伴走して見送ってくれた。実に壮観な歓送風景。生涯忘れない光景だ。
 その最中に見送り船の向こう(兄島側)にクジラが一頭、汐を吹いた。まことに印象深い。
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  船室(来たときと同じD2部屋)で昼寝。やや狭いが会貸しきりの部屋なので気兼ねがなくよい。
午後6時過ぎ、日没。水平線低くに雲があるため、あいまいな日没。
 夕食はコンビにで買ったおにぎりとカップそばですます。シャワー(快適)を浴び、船室に。

22時消灯まで、飲み助は残りのコニャック、ウイスキーで懇親。一方ではトランプ。消灯後就寝。翌朝になって前線の影響か揺れだす。うつらうつらながらも寝られた。

5月6日

  揺れは相変わらず強い。昼近くまで横になっていた。酔い止めを飲んでいたので、少し気持ち悪くなった程度ですんだ。
 昼近くシャワーを浴びさっぱりした。

 今回の会主催による小笠原紀行は、小生にとっても大変貴重な機会であった。
定年後、初の長期旅行。気持ちを切り替えるきっかけともなった他、気心知れた方々とともに、人の手があまり加わっていない小笠原の大自然のなかに久しぶりに身をおき、開放感と爽快感を十二分に味わうことができた。
 島の観光客をもてなす態度、島の方々の素朴な生活にも思うところがある。小笠原高校への訪問も興味深かった。

 今後、島のあり方を巡って、開発か保護か当然考えが分かれるだろうが、石原都知事は当面保護に力を入れるという。延々、一日かけて辿り着く地があってもよいと思う。
 今の交通事情から来島できる人は限られているので、その考えでは大筋ではよいと思う。東洋のガラパゴスはおおげさではあるが、やはり固有種が数多く残っているこの島の自然は今の時代となっては貴重である。
 弱い北東の風曇り空、時折薄日が差す肌寒い東京港に戻る。
 予定より10分早く午後3時20分、竹芝桟橋着。会員、全員無事。
 3時10分、D2船室で最後のミーティング。
 会の皆さん、大変お世話になりました。御礼申し上げます。

金目鯛の煮付け

2014.1.18 金目鯛の煮つけを作ってみました。

 魚屋さんに殻つきの牡蠣を買いに行きましたがあいにくなかった。代わりに金目鯛のいいのがあったので買い求めた。
 北海道産で解凍したものですが新鮮で、油ものっていそう。大きなもので、半身を三つ(頭つき)に切って売っています。980円。
 味をつけたツユ(酒大匙3杯、みりん大匙2杯、水カップ1/3)に浸して圧力鍋で煮付ける。高圧になったら弱火にして15分。火を止めて圧力が下がるのを待つ。
 できあがりは下の写真、おいしくできました。


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2014新春・谷中七福神めぐり

2014新春・谷中七福神めぐり

2014/1/13(月・成人の日)

 珍しく七福神めぐりに行ってきました。所属する野外活動の会の主催。
 七福神は全国各地にありますが、今回のは、東京・谷中七福神。江戸時代から庶民に親しまれてきた由緒ある(?)行事です。
 天気晴朗なれど波高しではありませんが、冷たい北風に晒されました。しかし、歩き終わりましたら清々しい気分になりました。歩数は14753歩、歩いた距離は7.9Kでした。

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 集合はJR田端駅北口 午前11時。

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会員諸氏は冷たい風を避けて、駅気ビル構内に三々五々集まり始めました。

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午前11時、最初のお寺、東覚寺(福禄寿)に向け出発。田端駅周辺は東京の台地の縁に位置しています。台地の切り通し(?)を南下します。

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最初のお寺さん、東覚寺です。体の悪い箇所にこの赤札で擦ってお参りすると治るとの言い伝え。私もボケ防止にこの赤紙で頭を擦っておきました。
 実は後で知ったのですが、この赤紙を剥ぎ取ると、仁王様の石造が出てくるそうです。門前にある仁王尊の石像は、赤い紙をベタベタと貼られた姿なので、赤紙仁王とも呼ばれているそうな。

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赤紙がベタベタ体全体に貼られている赤紙仁王

 
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赤紙を剥がすと顔が出てくるようです。(インターネットより)


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なぜか境内にはたくさんの新しいワラジがつり下げられていました。
 ワラジがたくさんかかっている訳もわかりました。赤紙仁王さんが治療にあちこちに出かけていくので、たくさんの草履を必要としたとか。


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2番目のお寺さん(青雲寺:恵比寿)の境内にて。梅かと思いましたら桜だそうです。

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青雲寺の境内には、滝沢馬琴の筆塚の碑がありました。

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谷中七福神、三番目のお寺、修性院(布袋尊)。塀にはかわいい布袋尊のイアラストが描かれていました。この寺の周囲は、江戸時代、「日ぐらしの里」と呼ばれていたという。

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富士山がみえるかどうかは確認できませんでした。

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谷中商店街にやってきました。狭い路地の両側には飲食店、雑貨屋、みやげ物屋なとが所狭しと並んで賑わっていました。ここで各自昼食。店内で食べる方もいましたが、私は焼きオニギリとジャガイモのフライ、イアカのゲソ揚げを買って、道路脇で食べました。

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商店街の外れに延命尊がありました。

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谷中商店街にある招き猫屋のたい焼き(?)。

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谷中墓地の中を通り抜けました。広い立派なお墓が並んでいます。

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墓地に隣接して建っている木造家屋。このような家も最近、見かけなくなりました。

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谷中霊園に隣接する七福神、4番目のお寺、天王寺(毘沙門天)。境内の雪つりが美しい。

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幸田露伴の作品に出てくる五重塔(跡)


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スカイツリーと雪ツリ(谷中霊園から)霊園が高台にあることがわかります。

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護国院(大黒天)

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同上

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森鴎外の居住跡にはホテルが建っています。温泉が湧くようです。

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不忍池にやってきました。池は高層ビルに囲まれています。

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谷中七福神のトリは、不忍池にある弁天堂(弁財天)です。昔は、岸辺から船で渡っていたそうです。

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弁天堂から上野公園(動物園)方面を望む。

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上野公園入り口では、昔からの絵描きさんいて、お客さんの似顔絵を描いていました。

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上野駅前通り。自動車の行き交うにぎやかな通り。(解散)

谷中七福神川柳巡り

「七福神あたりめーだよ谷中だよー」 江戸時代七福神といえば谷中

●「七福神まずは年始の詞から」 田端駅北口集合、幹事さんの挨拶

●「空っ風七福神も首すくめ」 当日は快晴なれど空っ風が頬を刺す

●「七福神猫にも福の日向ぼこ」 長安寺の縁台で日向ぼこの猫

●「七福神そっぽを向いて梅見かな」 途中谷中の墓地を通り抜ける。梅が満開。七福神どころではない

●「七福神願掛け喰い掛け水を掛け」 七福神巡りも掛けごとだらけ

●「願賭けも七つになると手に余り」 そんなに沢山願はない

●「願掛けは三つ目以降は以下同文」

●「七福神谷中の墓地も風趣添え」

●「七福神おまけもあったロバの耳」巡りも終盤、上野動物園の裏手で

●「七福神八つ目の福はビアホール」

無事終了。