2014新春・谷中七福神めぐり

2014新春・谷中七福神めぐり

2014/1/13(月・成人の日)

 珍しく七福神めぐりに行ってきました。所属する野外活動の会の主催。
 七福神は全国各地にありますが、今回のは、東京・谷中七福神。江戸時代から庶民に親しまれてきた由緒ある(?)行事です。
 天気晴朗なれど波高しではありませんが、冷たい北風に晒されました。しかし、歩き終わりましたら清々しい気分になりました。歩数は14753歩、歩いた距離は7.9Kでした。

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 集合はJR田端駅北口 午前11時。

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会員諸氏は冷たい風を避けて、駅気ビル構内に三々五々集まり始めました。

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午前11時、最初のお寺、東覚寺(福禄寿)に向け出発。田端駅周辺は東京の台地の縁に位置しています。台地の切り通し(?)を南下します。

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最初のお寺さん、東覚寺です。体の悪い箇所にこの赤札で擦ってお参りすると治るとの言い伝え。私もボケ防止にこの赤紙で頭を擦っておきました。
 実は後で知ったのですが、この赤紙を剥ぎ取ると、仁王様の石造が出てくるそうです。門前にある仁王尊の石像は、赤い紙をベタベタと貼られた姿なので、赤紙仁王とも呼ばれているそうな。

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赤紙がベタベタ体全体に貼られている赤紙仁王

 
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赤紙を剥がすと顔が出てくるようです。(インターネットより)


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なぜか境内にはたくさんの新しいワラジがつり下げられていました。
 ワラジがたくさんかかっている訳もわかりました。赤紙仁王さんが治療にあちこちに出かけていくので、たくさんの草履を必要としたとか。


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2番目のお寺さん(青雲寺:恵比寿)の境内にて。梅かと思いましたら桜だそうです。

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青雲寺の境内には、滝沢馬琴の筆塚の碑がありました。

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谷中七福神、三番目のお寺、修性院(布袋尊)。塀にはかわいい布袋尊のイアラストが描かれていました。この寺の周囲は、江戸時代、「日ぐらしの里」と呼ばれていたという。

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富士山がみえるかどうかは確認できませんでした。

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谷中商店街にやってきました。狭い路地の両側には飲食店、雑貨屋、みやげ物屋なとが所狭しと並んで賑わっていました。ここで各自昼食。店内で食べる方もいましたが、私は焼きオニギリとジャガイモのフライ、イアカのゲソ揚げを買って、道路脇で食べました。

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商店街の外れに延命尊がありました。

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谷中商店街にある招き猫屋のたい焼き(?)。

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谷中墓地の中を通り抜けました。広い立派なお墓が並んでいます。

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墓地に隣接して建っている木造家屋。このような家も最近、見かけなくなりました。

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谷中霊園に隣接する七福神、4番目のお寺、天王寺(毘沙門天)。境内の雪つりが美しい。

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幸田露伴の作品に出てくる五重塔(跡)


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スカイツリーと雪ツリ(谷中霊園から)霊園が高台にあることがわかります。

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護国院(大黒天)

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同上

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森鴎外の居住跡にはホテルが建っています。温泉が湧くようです。

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不忍池にやってきました。池は高層ビルに囲まれています。

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谷中七福神のトリは、不忍池にある弁天堂(弁財天)です。昔は、岸辺から船で渡っていたそうです。

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弁天堂から上野公園(動物園)方面を望む。

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上野公園入り口では、昔からの絵描きさんいて、お客さんの似顔絵を描いていました。

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上野駅前通り。自動車の行き交うにぎやかな通り。(解散)

谷中七福神川柳巡り

「七福神あたりめーだよ谷中だよー」 江戸時代七福神といえば谷中

●「七福神まずは年始の詞から」 田端駅北口集合、幹事さんの挨拶

●「空っ風七福神も首すくめ」 当日は快晴なれど空っ風が頬を刺す

●「七福神猫にも福の日向ぼこ」 長安寺の縁台で日向ぼこの猫

●「七福神そっぽを向いて梅見かな」 途中谷中の墓地を通り抜ける。梅が満開。七福神どころではない

●「七福神願掛け喰い掛け水を掛け」 七福神巡りも掛けごとだらけ

●「願賭けも七つになると手に余り」 そんなに沢山願はない

●「願掛けは三つ目以降は以下同文」

●「七福神谷中の墓地も風趣添え」

●「七福神おまけもあったロバの耳」巡りも終盤、上野動物園の裏手で

●「七福神八つ目の福はビアホール」

無事終了。


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